「好きなこと」はいきすぎると
それが執着になったりする場合があります
「好きなこと」をすればいいとは
よく言われますが
その言葉の通りじゃなかったりします
生まれてくる時に
必ず得意なことを持ってきています
私の場合は文字に書くことだったのですが、
これに気づくまで、かなり時間がかかりました
気づくまで、私は音楽を聞くことだったり
それを表現することだと思っていたのですが
やってみると出力するのに時間がかかります
勘違いしていた理由は
音楽で心を癒していた時期が長かったという事
言葉と音は少し似ている部分もあるという事
いい言葉ができたなと感じる時
それはその言葉に込めた意図も含め
言葉のリズムと発した音も心地がいいと
私は「いい言葉ができたな」と感じます
それに気づいた時
言葉もまた音から派生したものであるから
だから歌にしたい気持ちが強かったんだなと思いました
最初から言葉に拘っていた事に
気が付いてはいたんですが
この言葉をよりもっと私の伝えたいモノに
近づけたいと考えた時、それが歌でした
ある意味私が欲張った結果でた答えだったので
やる前に色々考え過ぎて展開も進み過ぎて
スタート地点が高い位置にいき過ぎたのかもしれません
歌を作ろうと決めた時も
物語を書く作家さんにも興味がありました
文字や線を書くのも好きなので
絵を描く事にも興味はありました
でも最終的には「言葉」に拘ってました
おそらく私は自分が伝えたいモノが
ちゃんと伝わるように完璧に伝えたい
そのことに執着していたのだと思います
それはできなくはないんですが
すごくすごくエネルギーを消耗してしまって
今この瞬間の気持ちを表現できない事に
すごくヤキモキしてました
自分のどんどん出てくる言葉のスピードに
全然追いつかず、消化不良を起こしていました
別に歌を作る事も
絵を描く事も
物語を書く事も
どれも私の「目的」として達成できるんですが
生まれてくる前に持ってきた得意な事
ではなかったと気づきました
そして色々踏まえ気が付いた事は
それは嫌いではなくて
すごい好きでもなくて
当たり前のようにできることで
ただ理由もなく好きで心地がいいもの
どちらかといえば「好き」というより
「心地がいい」の方が近いです
それが私にとっては「言葉を綴る」事でした






